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夕食後に子供の話を聞きながら読める厳選漫画:『乙嫁語り』

公開日: : 最終更新日:2014/06/03 書評

『乙嫁語り(既刊6巻:KADOKAWAハルタ連載中)』
森 薫(著)

 漫画を面白くする要素はストーリーやキャラクターなど色々とあるが、惹きつける要素はやはり「絵」であろう。漫画における絵はキャッチコピーやパッケージのように読むか読まないかを決める重要な要素となる。そしてこの乙嫁語りは読みたいと思わせる絵なのだ。

 絵がきれいである。きれいでありながら非常に細密な手の込んだ絵であるため、清涼感と同時に濃厚感も感じられる。また「模様」がスゴイ。考えてみるとこれほど漫画泣かせな題材もないのではないだろうか。なるべくシンプルにデフォルメする傾向のある漫画に「宝飾品」「刺繍」「重ね着」「絨毯」がこれでもかと登場する。なんだろうこの漫画は。「刺繍漫画」という新手のジャンルなのかもしれない。

 絵が濃厚である反面、ストーリーやキャラクターはライトである。主人公が出会い、恋をし、別れても傷つかない、後腐れのしない物語である。戦闘シーンや家畜を裁くシーンもあるが全く血生臭くない。また、わずかではあるが女性の裸も描かれているのが、これまた一切性的ないやらしさ(官能)がない。汗臭さというか、そもそも臭いがない。漫画の見どころはシルクロードの風習や衣装であるため物語の進展はさして重要ではない。

 そのため、子供が隣で積み木をしているときや、食後にのんびりとシマちゃんなどを見ているときなどに、「ながら読み」をすることができる。漫画の世界に入り込み、引きずられ、展開が気になり、精神をかき乱されることはない。読みながら「このお洋服きれいだと思わない?」と小学校低学年の娘に話をふることも出来る。家事や育児に影響しない、それでいて読了後に清々しい気分にさせてくれる貴重な漫画である。

 本作は既刊6巻であり、2014年5月現在も連載中である。物語の基本的な流れは中央アジアの生活や風習を語ることであり、結婚適齢期の女性を主人公とし、彼女達を取り巻く人々との日常と非日常が描かれる。これがこの物語の太い横糸となる。

 同時に、現地の風習を研究しているイギリス人青年が登場し話を緩やかに進める。イギリス人青年の独白などはほとんどなく「花嫁」や「花嫁候補」に比べて圧倒的に影が薄い。しかしフィールドワークをする外国人という設定は馴染みの薄いシルクロードの風習や文化を語らせる上で、無理なファンタジーを必要とせず、細いながらも太い横糸を束ねる重要な縦糸となっている。

 1巻および2巻はイギリス人青年が研究のために滞在している中央アジアのある村の話である。この家の12歳の少年とそこに嫁いできた20歳の女性が新婚生活を始め、周囲の人々と交わりながら愛を育んでいく。やがてイギリス人はトルコのアンカラを目指して旅立つことになる。3巻ではアンカラ行きの出発点となる町でイギリス人青年と未亡人女性との出会いと別れまで。4巻から5巻では旅の道中であるアラル海のほとりで出会った双子の少女とその婚姻までを描く。6巻では話の中心がこのイギリス人から離れ、最初の花嫁に戻る。彼女の実家およびその一族による嫁ぎ先の村への襲撃とその顛末となる。連載中の新しい話では再び話題が道中のイギリス人に戻り、彼が滞在しているペルシャ(イラン)の街とそこの有力者の若妻が中心となる。

 改めて、漫画における「絵」の意味を感じる。「この漫画がすごい」とか「手塚治虫文化賞」で入賞している作品を見ると最近ではライトでコミカルな絵柄が多く、設定やキャラクターで読ませる傾向がある。もちろんデフォルメというのは漫画の真骨頂であるのだが、純粋に絵の美しさや精緻さも読んでいて大変気持ちが良い。またこれは歴史物にも通じるのだが、未知なる文化を紹介し解説するツールとして漫画の有効性を感じる。

 子供と一緒に読める度:★★★★★

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